2019年のヨーガのクラス

昨年はヨーガのクラスそして瞑想の講座をたくさんの方が受けてくださり、

心から、ありがとうございます。
出会えたみなさんが少しでも心身ともに楽にしあわせに暮らせるよう、
微力ながらのお手伝いを今年も引き続きさせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。

さて、那覇、Ryukyuホリスティックラボでの毎週火曜日のクラス、
本年初日は、1月8日(火)からです。
詳細は以下のHPからご覧ください。

北中城村の自宅でのプライベートクラス、
そしてエサレンボディーワークの施術は今週から。
ご予約お待ちしております。

ヨーガのHPは、アドレスが変わりました。
エサレンは変わらずこちらになります。
https://www.esalenokinawa.com/



今年は、月に一度、瀬底島でのヨガ教室、
そして、読谷での施術が新しく加わって少し忙しくなりそうですが、
すごく楽しみです。
詳細はまたご案内させていただきますね。
どうぞよろしくお願いいたします。

本物に出会った時、

呼吸が静かに精妙に深く自身の中心に潜るような感覚になる。

ここ一週間、日々また新しい出会いがいくつか起こっているけれど、

そこにある共通する現象が、これ。
日々の瞑想や日常で、内なる澄んだ静寂に向かう癖(サンスカーラ)がもたらしてくれる気付き。

例えば、先日の大嶺先生のところに行った時も。
素晴らし作品を見せていただき、どんどん心が澄んでいった。
同時に、呼吸が細く長く精妙になる。
純粋意識に近い領域への静かなよろこびに満たされる。
それを敏感に感じてくださった先生がお声をかけてくださったんじゃないかと。

こういうことがよくおこる。

そして、誰かに、表面上は驚くような何かを指摘された時、
ひえ〜っと言いつつ、それを聞いた途端にどんどん深い静けさへと、
そして呼吸はとてもとてもゆっくりに潜ってゆく。
おそらく、それは真実なのでしょう。

何かに出会った時、浮ついた興奮を覚えたり
呼吸が早くなったりした時は本物ではないかもしれません。

まあ、それを本物と思って体験することも人生の選択ではあるけれど。
自分はもうこれは十分にやっったので卒業。


という、自分メモでした。

昨日の瞑想講座はテーマが呼吸。
単なる酸素と二酸化炭素の交換という意味ではない、もっともっと大きくて深い意味の呼吸。
拡大と収縮のサイクル。
宇宙が生まれて拡大してやがて収縮して源へとけてゆく、
人が生まれそしてまた精妙なるところに帰してゆく。
そのサイクルを私たちは日々、数万回繰り返している。
呼吸の秘密に気がつくことのおもしろさ。
ヨーガや瞑想講座で、これをお伝えすると、準備ができた人は深く納得される。

先日の、大嶺先生の、半分死んでいるという意味のひとつはこれでもある気がするなあ。
やはり、言葉では表現できない、あの目が語られたこと。

Harmony

瞑想やヨーガのクラスでお伝えしている呼吸。
ゆっくりと、なめらかに、まるい円を描くような呼吸。
始まりも終わりもなく、
時間もなく、
ただ今があるのみ。

呼吸は、
酸素と二酸化炭素の交換でもあり
プラーナの動きでもあり
内と外をつなぐもの。
それは、生命の営みそのもの。

この営みをただ純粋に感じることで、
まるくなめらかな動きそのものになることで、
すべてが調和する。

調和が完全になったとき、
すべてがひとつ、そんな概念さえも消えてなくなる。
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静かな暮らし

何も語らないで、というより、

語らないほうが
本質で通じ合える
そんな人とのひととき。

年齢や、人種や、性別などに関係なく。
目指すところが同じで、
真摯な学びを続けているからこそ。

少しおしゃべりしては沈黙。
そのすきとおった静けさの心地よさ。
沈黙の幸福。

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今朝も朝陽が綺麗だった。

母が言うには、私は子どもの頃はちっとも喋らない、大事なことしか話さない静かな子だった。
社会に適応するため喋りすぎるくらい喋るようにになってひととおりのことを体験した今は
静かになりさないと、
人との出会いや
内側の声に導かれて行く場所で
その道を指し示される。
それがもう顕著で。

先日、思いもよらない場所でお会いしたボディーワークの大先輩の、
その生き方を物語るようなやわらかでふわふわとなにもかも受け入れてくれる手に触れていただいたとき、
すべてが溶けて理解でき、
すべてが報われた。
あのやわらかな手と慈悲に満ちた目を決して忘れぬよう、
何度も思い出しては私の全存在に刻む。

静かな日々の暮らしの満足。サントーシャ。
それが、より精妙な世界への扉なんだなぁ。

那覇にて、ヨーガのレギュラークラス再開します。

沖縄のみなさん、
観光でいらっしゃるみなさん、
長らくおやすみしておりましたが、ヨガのレギュラークラスを再開します。

場所は、いつもお世話になっているRyukyuホリスティック・ラボさん。
那覇の奥武山公園のすぐ近く、
空港からもモノレールですぐです。

少人数で丁寧に指導いたします(^^)
お気軽にいらしてくださいね。
詳しくはこちらを。
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光が入る、海沿いの明るいスタジオです(^^)
入り口がわかりにくいかもしれませんが、
奥武山自動車商会さんのビルの2階です。
外階段で2階までお越しくださいませ💗

あたりまえの幸福

あたりまえなことがつまらないのは、そこに感謝がないから。

感謝があったら、あたりまえなことこそが幸福だとわかる。
一見、あたりまえにみえることに「おかげさま」が言える人は幸せな人。
(以前、久米島の友人が、あたりまえの逆はおかげさまって言ってた。)


ちなみに、「おかげさま」「ありがとう」は深いところから自然と湧いてくるもの。
ありがとう感謝してますと唱えましょうと言われて唱えるような表層的なものとは違います。


あたりまえを見ずして刺激ばかりを求める。
これは一種の中毒。
その中毒に気がついてない。
最近、”目覚めた” ”解放された” ”人目を気にせず好きなことをやってる” 人たちにありがちな感じがするなあ。
目覚めハイ、覚醒ハイ、みたいな。
ハイになるものは本物ではない。
本物ではないという意味は、
ハイがあればローもあって、のちに、必ず苦が訪れるということ。
これが自然の法則。
引き寄せとか、わかった”つもり”になってると犯しがち。
それに巻き込まれないように注意したほうがいいと思うけど、
まあ、そういう経験をしたい人たちはいっぱいいるから経験したらいいんではないでしょうか。

じゃあなんでこんなことを書くかというと、
たとえ少数でも、気がついて遠回りをする(苦を味わってやっと理解する)人が減ってくれたらなあと思うから。


ヨーガスートラⅡ-3,4,5にそれに関することがはっきりと書かれてます。
苦悩(過去現在未来にかかわらず)の原因は、無知、私という感覚(エゴみたいなもの)、愛着、憎悪、生への執着。
その中でも、『無知』はそれらの土壌となるもの。
無知とは、一時的なものを永遠と、不浄なものを浄と、苦を快と、本当の自分でないものを本当の自分とみなしてしまうこと。
(・・・ってな感じでまだまだ続く)



ではどうしたらその判断ができるか。
そのひとつが、瞑想で、観察する知性(心ではなく、知性)を優位に立たせる練習をすること。



もしくは、、苦を味わってどん底まで行って気づいて這い上がった後に、中庸を目指すか。
しかし、どんだけ苦を味わってもまだまだ気づかずに、
上がった時のハイの快を感じたくて、再び自ら苦を作り出してゆく。
これはかなりな中毒症状。
まあ、またこれも、本人が経験したくてやっていることなんでしょう。

その末に、なんのために生まれてきたのか、
そして、自分の本質に気づくことになるんだと思います。

人それぞれの道。
自分はどの道を行くのか。
どう在りたいのか。


と、ぐるぐると繰り返しになってきたところで、本日はこの辺で。

みなさま、素的な旧正月をお迎えくださいheart01

5月も終わり、サマディー。

ますます夏っぽくなってきたシチリア。
平日でも午前中からビーチでのんびりっていう家族も増えてきました。

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そして、前と同じように足の裏をさざ波につけてる美しいシニョリーナとシニョーラ。
こうやって一人の時間を楽しむ大人な人たちも結構います。
ジャルディーニの中心部の賑やかなところはパラソルやベッドが並んでるんだけど、こっち側(サンジョバンニからタオルミーナ寄りの方)は人を気にすることもなく居心地いいんだな〜。真夏はもっと混んでくるかもで、もしかしたら今がいちばんいい季節なのかも。
さて、今、ジャカランダの紫色の花が盛りをむかえています。
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カターニヤの通りのジャカランダ。
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ブーゲンビリアの赤やピンクもものすごく鮮やかで綺麗なんだけど、この紫がまたなんとも美しい。
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真ん中の雄しべがふわふわしてる。


そして、2週間通ったカターニヤのアイアンガーヨガのクラスも今日でおしまい。
ほぼ毎日アイアンガーのクラスにで出てたら体の癖がメキメキと矯正されてすごく清々しい。
そしてイタリア語でのインストラクションも結構わかるようになってきて(身体部位のイタリア語ってなんだかよくわからんけど身体が理解する感じ)ますます面白くなってきたところで今回はおしまい。
今日は私が最後ということでヴィニヤサも入れてくれた。
また必ず戻ってこよう。
そして、ユージの先生でもあるフィレンツェのガブリエラのクラスに行ってみるといいよって言われたので、次回はフィレンツェも行ってみたいな。
私のヨガのベースはクリシュナマチャリアの伝統ヨガだけど、生徒として行くクラスはアイアンガーがやっぱりいちばん信頼できるから、できる限り続けていきたいと強く思ったのでした。
そして世界のあちこちで、こうやってきちんとしたクラスが受けられるのって本当に本当にありがたいこと。


なぜなら、ヨガの境地をきちんと体感している指導者のもとで修練を行うことでは信頼とともにその状態を体験することができるから。
今日も、キッツーいアサナをホールドしている時に、ふっとサマディーが訪れた。
身体を使って、身体を超える(身体感覚がなくなる)ことが可能になるんです。

Yoga Sūtra 1-2
yogaśg citta vṛtti nirodhaḥ
ヨガとは、心の動きの止滅です。
ヨガとは、一切の曇りなく心を一点に向かわせ続けられる心の能力でもあります。

Yoga Sūtra 1-3
tadā draṣṭuḥ svarūpe 'vasthānam
その時、プルシャ(真我)はその本性にとどまります。
ヨガの境地では、明晰さとともにすべてをありのままに見ることができます。

Yoga Sūtra 1-4
vṛtti sārūpyam itaratra
ヨガの境地でない時は、心の動きとプルシャ(真我)が混同されてしまっています。
※心は、本当の自分(プルシャ(真我))ではなく、個人を構成する一要素にすぎません。

Yoga Sūtra 1-12
abhāsa vairāgyaābhyāṃ tannirodhaḥ
内的修練と無執着により、心の動きは静かになります。

Yoga Sūtra 1-13
tatra sthitau yatno 'bhyāsaḥ
心が静まった状態に留まる不断の努力が内的修練です。
※アサナのプラクティスでは、身体を道具として使い、この心の状態を維持するよう努力します。これがヨガと他の運動の大きな違いで、このクオリティーがあるものがヨガと言えます。

Yoga Sūtra 1-14
sa tu dīrghakarā nairantarya satkārādarāsevito dṛḍhabhūmiḥ
この内的修練は、長い間たゆむことなく、真摯に実践されることで堅固に根付きます。

Yoga Sūtra 1-15
dṛṣtānuśra vika visaya vitṛṣṇasya vasīkārasaṃjñā viarāgyam
無執着とは、見たり聞いたりした対象に無欲になった人の自己統制の意識です。
正しい修練を続けることで、煩わしさから自由になってゆくのです。

Yoga Sūtra 1-18
virāma pratyayābhyāsa pūrvaḥ saṃskāra śeṣo 'nyaḥ
内的修練を重ねた後に、想念が消え、微細な印象(記憶)だけが残った境地(アサンプラジャータサマディー)が訪れます。

Yoga Sūtra 1-19
bhava pratyayo videha prakṛtilayānām
身体感覚を超越し、真我が心に溶け込んだ人にはその先のサマディーが訪れます。
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ジャルディーニに帰って、夕方、海を見ながらのジェラートは至福の時なのでござる。
これもまた別の意味でのサマディーか?(笑

変わっていく世界

エックハルト・トールは、今、世界で生きてる人の中でいちばんわかりやすく「真理」を説明してくれてる人なんじゃないかと思う。
この淡々としてて可愛らしい小動物っぽい感じが大好き。
んで、この動画の最後に淡々とパンチのあることおっしゃっておって笑ってもうた。
私も彼の本『ニューアース』を発売すぐに買ったんだけど
心身ともに忙しくて内容も理解できてないまま本棚に置いてあった。
そして、一昨年のオーロビルでの瞑想や去年のラマナアシュラムでの瞑想、ヴィッパサナー瞑想、そしてヨガスートラの学びを続けたあとで読んだら、(もちろん日々の瞑想は基本)、めっちゃ納得腑に落ちるの連続で面白くて一晩で読めてしまった。


話は違うけど、
神って何?っていうのの説明もわかりやすい!
(説明できないって意味で)
それから、13歳でフリーエネルギーの装置を作っちゃったと話題になったマックス君の語る神も説明も面白い。
量子論と現代物理で、言葉を使って説明するのはこれが精一杯なのかもなあ。
私は神様は自然だと思ってる。
自然って言うと山や海は森や、、ってイメージがあるかもしれないけれど、そういう目に見える触れられる物質の意味ではなくて、それを構成している波動エネルギーみたいなもののベースにある法則という意味での自然という意味で、自然意識と言ってもいいけど、これは全宇宙の内外にあまねく存在している。もちろん個々の内にも。
そして100%の調和とこの上ない美しさがある(とというか、それも超えてるな。。)

さておき、こうやって宗教ではなく神やら真理やらについて語る人たちが
今は本当にたくさん表に出てきていて(結局は皆がほぼ同じことを言ってる)
実際に出会ったりもするし、面白い時代になってるなあと日々実感中。

夜明け

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今朝も朝日が静かに力強い光を放ちながらのぼってきました。
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夜の間に意識が自分自身の源に戻り、
夜明けとともにまたこの現実世界に目を覚ますふしぎ。
この時の清々しい心の状態を維持できればこの世は天国だな。



Yoga sūtra Ⅳ-12
atītānaāgatam svarūpatataḥ asti adhvabhedāddharmāṇām
過去のものも未来のものも、常にそれ自身の本性として潜んで存在している。
道の方向により現れるものが違ってくる。
 

カターニヤのアイアンガーヨガ

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カターニヤにはいくつかヨガスタジオがあって、そのうちのひとつ、アイアンガーヨガのクラスに今週からほぼ毎日通っております。(このビルの中にスタジオがある)
自分でアサナの練習をしていてもつい甘くなってしまうし、
やっぱりスタジオできちんと指導を受けると心身の集中具合がまったく違う。
そして、何より、信頼できるアイアンガーを教えてくれるなんて、なんてラッキー。
他のスタイルは、もちろん指導者の皆さんはきちんと教えるトレーニングを受けて指導している人がほとんどだろうけど、
(日本ではヨガと言ってもヨガの哲学の勉強や教えるトレーニングもしないでポーズだけできるだけでクラスをやってる人たちもいて一度そういうのに出てみたら、なんちゃって具合がひどかった。そういうのもたくさんあるのが現実。。)
そんななか(くらべるのも失礼だけど)、正式なアイアンガーヨガは世界中どこに行っても信頼できる。
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スタジオは、その名もYAMANIYAMA。さらに信頼できそう。
そして、すべてのプロップと壁のフックが揃っている新しくてめちゃくちゃ綺麗なスタジオ!
指導者のユージ(ローマ生まれ)は中級指導者で、イタリアアイアンガーヨガ協会の審査員委員の副会長もやっている。
これってヨガやってない人にはなんのこっちゃだろうけど、すごいこと。
アイアンガーの正式指導者になるには最低3年間のレギュラープラクティスをやって、やっと指導者のコースを取ることができ(これがすごく厳しい)、それも3年やって試験に合格して初めて初級指導者の認定がとれ、その後も1年に一回はインドのセンターでブラッシュアップしないというシステム。
だから未熟な自己解釈のヨガにならず、きちんと伝統も受け継がれている。
タパス(絶え間ない訓練)とスワディヤーヤ(自省)とイシュヴァラプラニダーナ(大いなるものへの謙虚な帰依)があってヨガですよ、というパタンジャリの教えがきちんと守られてる。
これは本当にありがたいこと。
何より、この経験から得られる心身そしてそれよりも深みにあるものに満たされる感覚はまさに生きている喜びと祝福。
そして先生は、私がインドのクリシュナマチャリアの学校で学んでいると言うと、とても喜んでリスペクトしてくれた。嬉しいな。
クリシュナマチャリアの学校も3年かけて卒業してやっとグループの指導の許可が出る。
個人レッスンをやってもいいのは、またその先の訓練を受けてから。
さて、私が行ってるクラスは、生徒はだいたい10人前後、みな、真剣に学んでる人たちで美しい。
指導はイタリア語。90%わからなくてすごーくもったいないんだけど、両脇にレベルの高い人を配置してくれて彼らの筋肉や骨の動きを見ながらでき、先生はアジャストしながら時々英語で言ってくれる。
今年はハワイで3ヶ月間毎週3回アイアンガーのクラスをとってたので(ハワイでの先生も中級指導者)動きや意識の持っていき方はこういうことだろうなと想像しながら、
そして自分の中でスティラ&スッカム(安定と快適さ)を見つけながらアサナする訓練も兼ねて半秒遅れながらついていってる。
パスタとジェラートで緩んだ体をビシビシと絞められてる感覚、きつ〜いけど嬉しい。
そして、先生ユージの、表情をピクリとも動かさずに指導する厳しい空気、
サトヴィック(ピュアでクリーン)なエネルギー、
そして、ふわふわしていない本物の愛が感じられて、
ああヨガって素晴らしいと感じさせてもらってます。
アイアンガーの指導者にもやっぱりいろんな方がいるけど、ユージは本物の先生だ。
しかし毎回どこかしらが筋肉痛。。
インドに行くまであと10日ちょっと。
1日1日を大事に過ごしていこう。


Yoga Sutra Ⅱ-41
sattva-śuddhi saumanasya ikāgryendriyajayātma darśana yogya tvāni ca
内面のいらないものをそぎ落とすこと(内的浄化)、
明るい心持ち、
集中、
感覚をコントロールすること。
以上により、過去から積み重ねられた間違った認識から自由になり
自身の本性を見る力がもたらされる。

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