愛されている

クライアントさんのからだに触れていると、

一人残らず、例外なく、


「愛されているなぁ」


としみじみ伝わってきます。

もちろん、クライアントさんの身体が、ではあるのだけれどそう言い切ってしまうと違う感じで。


愛そのもの、といったほうが近いかな。

人の身体それ自体が愛のあらわれだと、

やっぱり、日々実感。

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やんばるの清流

心身の治癒がおこるとき

自身が頭のなかで作りあげた物語の中にどっぷりと浸かりきって喜怒哀楽に翻弄され、それが自身が作り上げた牢獄なのだと気がつかないでいる。

そのことに気がついて一歩外に出たときに本当の意味での心身の治癒が起こりはじめる。

これを日々、クライアントさんとのセッションで実感しています。


ちなみに、自身が作った牢獄にいるその状態をヨーガでは混乱状態あるいは麻痺状態あるいは無知といい、クンダリーニが麻痺して眠りこけているとも表現されています。

(ヨーガと同様、現代ではクンダリーニのイメージがかなーりズレて認識されてしまってるようだけど)

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やんばるの森の蛙さん。

読谷ホリスティックス

先月オープンした読谷のクリニック、

とってもいい感じのリーフレットを作ってもらえました(^^)

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このイラストがかわいいの♪

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私は、エサレンボディーワーク、ディープコアヒーリング、ヨーガ(プライベートクラス&療法)と瞑想を担当。

おかげさまで、とてもいいクリニックに成長してきています。

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早速来て下さっているクライアントさんのみなさんからは、

ひとりひとりのニーズに合わせた丁寧な施術でとても喜ばれています。

 

心身のメンテナンスを通して、

ひとりひとりの人生の一コマで関わらせていただく。

それぞれの人生、希望、やり遂げたいこと、不安、悩み・・・

寄り添い、応援し、影ながら支えるという役割をさせていただくありがたさ。

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スタッフみんな仲良く、そして真摯ににクライアントさんのことを考えて日々進化中。

今まで一人で施術をしてきたけれど、

3人の施術家それぞれの専門的なアプローチ(レベルがめちゃめちゃ高い!!!)と

優秀なマネージャーの4人でまさにホリスティックに対応できる体制でもあり、

クライアントさんにできることが拡大して施術家としても発見や学びがいっぱい、

チームっていいなあ、と、そして、ますます、人ってすごいなあと実感。

何よりクライアントさんの変化が嬉しい。

 

ご興味のあるかた、よろしければHP見てみてください(^^)

https://www.yomitanholistics.com

場をつくること、日々のアビヤーサ(内的修練)

自宅の施術の部屋。

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毎朝、この部屋の畳に、最低30分間、きちんと座って瞑想しています。

夜明け前の静けさは格別。

かれこれ1年間。

続ければ続けるほど、また、セッションすればするほど、場は安定して、ここに入っただけですっと中心に戻される。

敏感な友人は、寝転がるだけで一瞬で深い休息に入るのでチャージステーションとして使っています(笑)

 

それにしても、人の体というものは隅々まで細胞のひとつまで磁場だなあと実感します。

セッションのあとに掃除機をかけたあと、髪の毛が一本でも残っていたら場が変化しているのがわかるほど。

だから、クライアントさんが触れたタオルなどはすべてすぐに洗濯機へ。

オイルが落ちにくいので一回めは洗剤と酸素系漂白剤多めに、そして二回めは洗剤の香料や残りがなるべく残らないように水だけで、と、2ラウンドします。

セッションの場をニュートラルに保つための日々のルーティーン。

 

これと同じように、日々の瞑想は、続けると、かすかな心の癖やエゴの働きにまで気づくようになる。

周囲の感情や思考ノイズに敏感になる。

けれどそれらのノイズは現れては消えてゆくものなのでその変化を見守るだけ。

中心に、ニュートラルに、ゼロに定まっているとそんな感じがあります。

 

中心に定まる努力をすること、

これが、パタンジャリ師の教えてくれているところのアビヤーサ(内的修練)、ヨーガの基本原則の2つのうちのひとつ。

ご報告

と、いうタイトルだと

つ、ついに直美さんが・・・

 

と想像された方いらっしゃるかも?(笑)ですが、、、自意識過剰か、、あはは。

 

 

さておき、

喜ばしいことに、新しい職場がオープンしました!!!

 

沖縄本島に来て出会えた、信頼できる治療家の方とマネージャーが建設されていたクリニックに私も加わらせていただくことになり、先月末に晴れてオープンとなりました。

 

読谷Holistics です。

https://www.yomitanholistics.com/

 

読谷の、海近い長浜にあります。

私はエサレンボディーワークと、

かねてから考案試作していた、着衣で受けていただくディープコア・ヒーリングセラピー、

そしてヨーガと瞑想講座も引き続きプライベートセッションをやらせていただきます。

 

確かな技術と資格をもち、セラピーへの考え方等々を共に信頼しあえる同志と、

美しくクリーンな環境の中、このような形で仕事ができるなんて、心からありがたく思っています。

 

HPには、準備の段階で、あれがいいこれがいいとお互いに撮りあった写真、

特に私としてはエサレンの施術を象徴するような写真を載せてもらえていて嬉しい〜。

 

始まったばかりで、もしかしたらご不便をおかけすることもあるかもしれませんが、

精一杯、よい施術を提供できるようがんばりますので、何卒よろしくお願いいたします。

もしよろしければ、HPのほう、ご覧になってみてください(^^)

 

いっぱいのLove&Gratitude

エサレン 9年

エサレン ボディーワークの資格認定をとって9年。

この間、海外に数ヶ月ずつ行っていたりで休んでいた時期があったけれど、

一度も辞めたいと思ったこともないし、続ければ続けるほどやっていてよかったなあと感じています。

 

今日は、去年の秋に私のエサレン を受けたのがきっかけで

ついにはエサレン の資格トレーニングに行き、帰ってきたばかりの方に施術してもらいました。

ああ、やっぱりエサレン はいいなあ〜。

施術は体のマッサージなんだけど、後からじわじわ心があたたかくやわらかくなってきて

心体魂まるごとの存在がしあわせの中。

 

資格をとるには、1ヶ月みっちりのトレーニング、帰ってきてからの30人の無料での施術、

そのレポート、最後に実技試験をクリアして認定がもらえます。

私もそうだけど、多くの人は資格トレーニングの前にワークショップや短期でのトレーニング、

もしくは他のボディーワークやマッサージを学んで既に施術していてからの認定コース受講、

そして認定をもらった後にも、アドバンスのトレーニングや

他の技術のワークショップなどなど役立ちそうなものは時間とお金が許す限り学びに行きます。

 

ヨーガも同じだけど、一生かけて学び気づきを得ていくものだなあと。

それだけ人の心と体というものは奥深く、

わかった気になってしまったところでエサレン ではなくなってしまう、

そんな気がします。

 

いつも、畏敬とよろこびとwonderに満ちた時間。

施術の場を常に高く清々しく保ち、

施術が終わったら、クライアントさんが触れたタオルやシーツなど大量にすべて洗濯してエネルギーもクリアにし、

施術の前後では瞑想をして自身を整える。

施術は2時間としてもその前後にどれだけの時間と労力をかけているのやら、、

それでもやっていてよかったなあと心から思っています。

近くに、そんな仲間が増えるのって嬉しいものだなあ。

 

https://www.esalenokinawa.com/home

(私のエサレン のHP貼っておきます)

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関係ないけど、こんな色の組み合わせを生み出しちゃう自然ってすごいなあ。

実際は人が掛け合わせて作り出した種なんだろうけど、それでもすごいなあと、しみじみ見入ってしまいます。

 

人生のステージのシフト

エサレンや瞑想で、特にここ数ヶ月感じるのは、

 

すでに魂の道を進んでいる方々の、魂の拡大(表現がむつかしい。。)が著しく、体がそれに追いついていないための不調が続いている、

または、思考が強すぎて魂の成長を抑えつけてしまっている、

または、過去に体験したことへの執着が強くて光を曇らせてしまっている、

 

それに、薄々気が付いている。

 

そんな方々が多くセッションに来てくださっています。

 

心と体はほんとうに密接なので、精神的なところで滞っている時は、肉体へのアプローチが効く。

人というのはそういうシステムになっているのだと日々実感、確信しています。

 

心、体、魂のバランスがとれたときに次のステージへ大きくシフトする、そんな感じ。

経験している人にはわかっていただけるかと。

 

必要な方に届きますように。

エサレン ボディーワーク https://www.esalenokinawa.com/home

瞑想講座 https://kawaguchi703.wixsite.com/alokah-yoga/meditation

 

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エサレンのセッション部屋の植物たち。

やわらかい朝日を受けてすくすくと成長中。

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ランの花が、絶える事なく次から次に咲いてくる、その生命の力とふしぎに惚れ惚れ。

人、空間、たべもの、本、植物、服、物として存在するものはすべて音を奏でている感じがします。

 

その中でも心地よいのが、清浄で澄んだ高い音。

整って調和している音。

波動とかバイブレーションとか表現する人もいますね。

 

エサレンや瞑想で、存在が整って調和すると、そんな音を感じるときがあります。そして静寂。

そうなったとき、お顔が子供の頃に戻ったように、キラキラぴかぴかのほんとうのお顔があらわれてきます。

そうならない時は、たいてい、思考やジャッジ(こうじゃなきゃいけない、などの判断)、批判がブロックになっていることが多いです。

 

森に行くのが好きだけど、

いわゆるパワースポットとして人がエゴを持ち込むようになってしまった場所は、感情ノイズで場が濁ってしまっているのも感じます。

 

逆に、人が多くても澄んだ場所もあります。

 

いろんな音に気付いていくのもおもしろいかもしれません。

 

ヒマラヤの私の先生の一人は、音をとらえたら、その源をたどりなさいと課題をくれました。物理的な音源ではなく精妙なレベルの源を。

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沖縄は梅雨だけど、今日から1週間以上、晴れが続きそう。

青と緑がたまらなく美しい。

 

 

ただ筒として在る 

(ほぼ自分メモ。ちょいオカルト? しかしもう毎日がこんな感じなんで(苦笑
最近、何かにつけて降りてくるメッセージ。

「もっともっと自身をゆだねなさい」

これは、主にエサレンやヨーガの時なんだけど、日常生活でもそうなんだなあ。
自分の意志によって社会的な役割や場所作りの土台ーステージはきちんと作る。
そのステージがきちんと設営、維持できたら、あとは、大きな力におまかせする。
「神の道具であれ」
"神"は、決して何も語らない。
(言葉の上で他に表現方法がないから神と書いているだけで、
自我の奥にあるもっと確実で揺るぎのないところ。
ただそこに在る、はかりしれない大きな存在)
そこからメッセージを聞いたりするのは自我の仕事。
しかし、自我のこの小さな、大切に思える(思う、考えるのは自我)仕事さえもなくしてゆきなさい、ただ動くに任せなさい。
意味を持たせるのもまた自我。
これら全てから自由になりなさい。
ただ、ノイズなく純粋に行為する。
例えば、包丁で野菜を刻むとき、ただ何も考えずに刻むだけのように。
海をみたことがない人に海を説明はできない。
広さ、深さ、香り、波の音、光。。
同じように、大いなる存在がどんなものか言葉で説明はできなくて、一人一人が体験するしかない。

ただ、それにもっとも近い状態が至福という状態で、
深いところから湧き上がってくるしあわせ感、あたたかさ、何ものにもとらわれない安堵感、平穏、わけもなく湧き上がってくる感謝、静かな幸福ーアーナンダーこれなら多少なりとも言葉で説明できて、そういうものは誰しも感じているはず。今、目の前のことや思考や感情でいっぱいいっぱいでそれを忘れてしまっていたとしても、ほんの一瞬でもふっと緩んだときに感じる空白、それに気がついていけばいいのだと思う。
それがわかるようになったら、その奥にあるものが、純粋で大いなる存在。
これを”神”という人もいる。
神の世界は至福でさえもなく、ただ純粋に在るだけ。
先月、何かと敏感な友人が私の施術部屋でその大きな存在に近いもの(実際には彼女の中で翻訳されたもの)を感じ取ってくれた。
大きな女性の姿の光のようなもので、何も語らずただそこにいるだけだと。
私は、多弁な”神様”は、自我のノイズだと思っているので、
何も語らない存在は本物のような気がする。
何も語りはしないけれども、身体には触れてくれる。
そして、私の自我はこう解釈した。
この存在にもっともっとゆだねなさい。
ただの道具になりなさい。
何かをしようとせず、ただ感じなさい。
私がそこに100%行きつけていないから、友人を通してメッセージをくれたのかもしれない。
そして、その大きな存在を導く仲介になってくれている方が、インドでお会いした聖者。
彼女と二人だけであった30分間はわけもわからない涙がずーっと流れっぱなしだった。

自身の魂の道をゆく。
少しブレたことをしようとしたらうまくいかない。
これはもう笑っちゃうくらいに顕著で。

その望みが自身のものなのか、他の誰かの価値観なのかを見極めること。
ただ純粋になる時間をもっと長くすること、
時々、たくさん笑う時間をもつこと。
これが私の日々の修練。
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すっかりサーフィンのホームポイントになったビーチへの通り道、
いつも蝶たちが軽々と舞っている。
しばし見とれていると、一匹が葉にとまってうごかない。
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スマホがくっつくくらい近づいても逃げない。
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光が差して、それはそれは美しかった。

静かな暮らし

何も語らないで、というより、

語らないほうが
本質で通じ合える
そんな人とのひととき。

年齢や、人種や、性別などに関係なく。
目指すところが同じで、
真摯な学びを続けているからこそ。

少しおしゃべりしては沈黙。
そのすきとおった静けさの心地よさ。
沈黙の幸福。

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今朝も朝陽が綺麗だった。

母が言うには、私は子どもの頃はちっとも喋らない、大事なことしか話さない静かな子だった。
社会に適応するため喋りすぎるくらい喋るようにになってひととおりのことを体験した今は
静かになりさないと、
人との出会いや
内側の声に導かれて行く場所で
その道を指し示される。
それがもう顕著で。

先日、思いもよらない場所でお会いしたボディーワークの大先輩の、
その生き方を物語るようなやわらかでふわふわとなにもかも受け入れてくれる手に触れていただいたとき、
すべてが溶けて理解でき、
すべてが報われた。
あのやわらかな手と慈悲に満ちた目を決して忘れぬよう、
何度も思い出しては私の全存在に刻む。

静かな日々の暮らしの満足。サントーシャ。
それが、より精妙な世界への扉なんだなぁ。
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