人、空間、たべもの、本、植物、服、物として存在するものはすべて音を奏でている感じがします。

 

その中でも心地よいのが、清浄で澄んだ高い音。

整って調和している音。

波動とかバイブレーションとか表現する人もいますね。

 

エサレンや瞑想で、存在が整って調和すると、そんな音を感じるときがあります。そして静寂。

そうなったとき、お顔が子供の頃に戻ったように、キラキラぴかぴかのほんとうのお顔があらわれてきます。

そうならない時は、たいてい、思考やジャッジ(こうじゃなきゃいけない、などの判断)、批判がブロックになっていることが多いです。

 

森に行くのが好きだけど、

いわゆるパワースポットとして人がエゴを持ち込むようになってしまった場所は、感情ノイズで場が濁ってしまっているのも感じます。

 

逆に、人が多くても澄んだ場所もあります。

 

いろんな音に気付いていくのもおもしろいかもしれません。

 

ヒマラヤの私の先生の一人は、音をとらえたら、その源をたどりなさいと課題をくれました。物理的な音源ではなく精妙なレベルの源を。

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沖縄は梅雨だけど、今日から1週間以上、晴れが続きそう。

青と緑がたまらなく美しい。

 

 

ただ筒として在る 

(ほぼ自分メモ。ちょいオカルト? しかしもう毎日がこんな感じなんで(苦笑
最近、何かにつけて降りてくるメッセージ。

「もっともっと自身をゆだねなさい」

これは、主にエサレンやヨーガの時なんだけど、日常生活でもそうなんだなあ。
自分の意志によって社会的な役割や場所作りの土台ーステージはきちんと作る。
そのステージがきちんと設営、維持できたら、あとは、大きな力におまかせする。
「神の道具であれ」
"神"は、決して何も語らない。
(言葉の上で他に表現方法がないから神と書いているだけで、
自我の奥にあるもっと確実で揺るぎのないところ。
ただそこに在る、はかりしれない大きな存在)
そこからメッセージを聞いたりするのは自我の仕事。
しかし、自我のこの小さな、大切に思える(思う、考えるのは自我)仕事さえもなくしてゆきなさい、ただ動くに任せなさい。
意味を持たせるのもまた自我。
これら全てから自由になりなさい。
ただ、ノイズなく純粋に行為する。
例えば、包丁で野菜を刻むとき、ただ何も考えずに刻むだけのように。
海をみたことがない人に海を説明はできない。
広さ、深さ、香り、波の音、光。。
同じように、大いなる存在がどんなものか言葉で説明はできなくて、一人一人が体験するしかない。

ただ、それにもっとも近い状態が至福という状態で、
深いところから湧き上がってくるしあわせ感、あたたかさ、何ものにもとらわれない安堵感、平穏、わけもなく湧き上がってくる感謝、静かな幸福ーアーナンダーこれなら多少なりとも言葉で説明できて、そういうものは誰しも感じているはず。今、目の前のことや思考や感情でいっぱいいっぱいでそれを忘れてしまっていたとしても、ほんの一瞬でもふっと緩んだときに感じる空白、それに気がついていけばいいのだと思う。
それがわかるようになったら、その奥にあるものが、純粋で大いなる存在。
これを”神”という人もいる。
神の世界は至福でさえもなく、ただ純粋に在るだけ。
先月、何かと敏感な友人が私の施術部屋でその大きな存在に近いもの(実際には彼女の中で翻訳されたもの)を感じ取ってくれた。
大きな女性の姿の光のようなもので、何も語らずただそこにいるだけだと。
私は、多弁な”神様”は、自我のノイズだと思っているので、
何も語らない存在は本物のような気がする。
何も語りはしないけれども、身体には触れてくれる。
そして、私の自我はこう解釈した。
この存在にもっともっとゆだねなさい。
ただの道具になりなさい。
何かをしようとせず、ただ感じなさい。
私がそこに100%行きつけていないから、友人を通してメッセージをくれたのかもしれない。
そして、その大きな存在を導く仲介になってくれている方が、インドでお会いした聖者。
彼女と二人だけであった30分間はわけもわからない涙がずーっと流れっぱなしだった。

自身の魂の道をゆく。
少しブレたことをしようとしたらうまくいかない。
これはもう笑っちゃうくらいに顕著で。

その望みが自身のものなのか、他の誰かの価値観なのかを見極めること。
ただ純粋になる時間をもっと長くすること、
時々、たくさん笑う時間をもつこと。
これが私の日々の修練。
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すっかりサーフィンのホームポイントになったビーチへの通り道、
いつも蝶たちが軽々と舞っている。
しばし見とれていると、一匹が葉にとまってうごかない。
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スマホがくっつくくらい近づいても逃げない。
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光が差して、それはそれは美しかった。

静かな暮らし

何も語らないで、というより、

語らないほうが
本質で通じ合える
そんな人とのひととき。

年齢や、人種や、性別などに関係なく。
目指すところが同じで、
真摯な学びを続けているからこそ。

少しおしゃべりしては沈黙。
そのすきとおった静けさの心地よさ。
沈黙の幸福。

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今朝も朝陽が綺麗だった。

母が言うには、私は子どもの頃はちっとも喋らない、大事なことしか話さない静かな子だった。
社会に適応するため喋りすぎるくらい喋るようにになってひととおりのことを体験した今は
静かになりさないと、
人との出会いや
内側の声に導かれて行く場所で
その道を指し示される。
それがもう顕著で。

先日、思いもよらない場所でお会いしたボディーワークの大先輩の、
その生き方を物語るようなやわらかでふわふわとなにもかも受け入れてくれる手に触れていただいたとき、
すべてが溶けて理解でき、
すべてが報われた。
あのやわらかな手と慈悲に満ちた目を決して忘れぬよう、
何度も思い出しては私の全存在に刻む。

静かな日々の暮らしの満足。サントーシャ。
それが、より精妙な世界への扉なんだなぁ。

那覇でエサレンの施術はじめました。

おかげさまで、今月より、那覇のRyukyuホリスティック・ラボさんにて、

エサレンボディーワークの施術をさせていただけることになりました。
毎週火曜日午後2時〜夜8時まで受付です。
詳細は、私のエサレンのHPをご覧ください。
https://www.esalenokinawa.com/

ヨガクラスのスタジオスペースにカーテンで仕切りをつけ
新しくマッサージベッドや機材を購入して準備しました。

Ryukyuホリスティック・ラボさんは、那覇空港からも近いので、
那覇に到着してすぐやお帰りの前に寄っていただける便利な場所にあります。
(時間が合えば車で空港への送迎もできます!)

私は、火曜は終日、那覇の日。
午前中にヨーガのクラス、午後はエサレン。
涼しくなって、ヨガもさらに気持ちよくできるようになりました。
楽しみにお待ちしてます(^^)

岐阜県の恵那でエサレンやらせていただきました。至福💗

4月末にインドから岐阜の実家に帰ってすぐに、

同じ岐阜県の恵那市岩村で、ヒーラーでリトリートもやっているちえさんの、
美しい自然に囲まれたお家で3日間、エサレンの施術をさせていただきました。
恵那での暮らしやさまざまな気づきが綴られています。
恵那の岩村は、今の朝ドラの「半分、青い」の舞台になった、
風情があって建物も素晴らしくそして人のあたたかさをしみじみ感じる城下町。
今はテレビの影響もあり観光客でいっぱいみたい。
ちえさんが買ってくれたくるみダレの五平餅、めちゃくちゃ美味しかった!

ちえさんとはもう8年くらいの仲で、
私が最初にちえさんの元を訪れたのは、
オーラリーディングというものに興味津々で、ちえさんにリーディングしてもらった時でした。
ただ単にオーラが何色とか、そういうのではなくて、ちえさんのリーディングにはもっと何か深いものがあると感じて。
そこで見てもらった、私がこの人生でもっとも大切で求めるものは、『愛と自由』。
当時は、まだまだ愛って感情に近いものだと思っていたし、
自由も物質的な自由だと思っていました。

しかし、さまざまな学びと経験を重ねるうちに、愛はすべての存在の本質であり、
そして、本当の自由というのは、
自身の心や思考や長い長い間に作り上げてきた癖という囚われから自由になるということであり、
究極には純粋意識のみになって輪廻転生を終わらせるということだとわかってきました。
これを8年前に指摘されていたんだなあ。すごいこっちゃ(^^)

そして、ちえさんは、私がチネイザンを学んでいた時の実験台になってくださったり、
リコネクティブヒーリングをやってくださったり、
久米島、沖縄にも遊びにきてくださったり、と、いっぱい気づきを与えてくれている、
とっても大切な人。

で、ちえさんが去年、沖縄に遊びにきた時にエサレンを受けてくれ、
この時のちえさんの体験がこちら に書いてくれてあるんだけど、
いや〜、日頃からエネルギーの導管になることや内側を観察することや受け取ることをやっているヒーラーのちえさんだからこんなすごい体験になったんだなあと思います。
そしてその体験を言葉にできるってすごいなあ。


それでそれで、恵那のちえさんのお宅サロンでもエサレンをやらせていただけることになり、
ちえさんは敏腕マネージャーとして、クライアントさんを募集してくださったのです。
ありがたいことに、3日間の予定はすぐに埋まってしまいました。
マネージャーすごっ!
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これが施術に使わせていただいたお部屋。

リトリートにも使われているちえさん宅は、旦那様のヒデさんの実家の日本家屋。
広いお部屋がいくつもあり、それぞれの部屋に縁側があってお庭や田んぼや山が眺められ、
ほっと心が落ち着くとても素的な場所。

さらに、使わせていただいたお部屋は、ちえさんが普段、リコネクション(書くと長くなるのでちえさんのHPを見てください) で使っているお部屋なのですでに宇宙と繋がってる〜(^0^)
だから、私もすごーくすごーく気持ちよく施術させていただけたのでした。

そして、クライアントさんたちが、なんというか、とても真摯に生きていらっしゃる方たちばかりで美しく、
また人生を考え直したり変容途中の時期でもあったり、
そんな時期に、ご自身の内側や本質を感じる機会を提供できてたら嬉しいなあ。

そして、施術が終わったあとの、みなさんの美しいお顔!!!
内側から輝いてるって、まさにこういうことっていう見本みたいな。
そして、色っぽい!!!
そう、エサレンの施術のあとは、みなさん、至極、色っぽいのです。艶っぽいのです。
お顔が柔らかで、全身が脱力していて、お肌つるつるハリがあって、目がウルウルしていて、やさしくて、愛が溢れてて、
それがみなさんの本質なんだと思います。
そんなお姿を見せていただけるしあわせ。
役得だわ〜(笑 けど、私だけが見せていただくにはもったいない、もったいなすぎる。
女性のみなさん、勝負デートの前に是非、エサレン受けてみてはいかがでしょうか?
奥様方は、記念日デートの前に是非!
いや、まじで、いいと思います(^^)


おっと、脱線しました。

ところで、私が施術に入っている間、ちえマネージャーは、
早めにいらしたクライアントさんと話をしてくれていたり、駅までの送迎をしてくれたり、そして、施術で使った多量のシーツやタオルを洗濯してくれていたり、そしてそして、私がお腹が空いたら何かつまめるようにとフルーツやいなり寿司を作ってくれていたり、五平餅を買ってきてくれたり!
なんとも気がきく敏腕マネージャーぶりを発揮してくださっていたのです。
私はただ施術に集中するのみ。
いやー、もう、ほんっと、ありがたくてしあわせだったな〜。
将来、こんな身分でずっとプラクティショナーやれたらいいな〜(妄想)


私は二泊させていただいたのですが、
ちえさんの旦那様のヒデさんもちえさんも、すごーくお料理がうまくて
地元の食材を使った山菜の天ぷらやサラダやちらし寿司作ってくださり、
これまたなんという贅沢。
私は施術モードで写真撮るの忘れちゃったのでちえさんのブログからちょっと拝借
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山菜いっぱい!
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たけのこご飯も上品で美味しかったなあ〜。


そして、発酵玄米酵素とさとうのお塩をたっぷり入れた贅沢なお風呂にも入らせていただき、これまたしあわせ〜。
ちえさん宅の宿泊リトリート、気になった方はちえさんのHPみてみてくださいね。

ちえさん、ヒデさん、そして施術を受けに来てくださったみなさん、
本当に、心からありがとうございました。
エサレンやっててよかった〜!!!!(笑
至福💗
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(ここは恵那の岩村にある、書家さんの素晴らしい家で、一般に公開されていて、
あちこちに至福の文字が飾られています。カフェも併設。ちえさんが連れていってくれました。ほんと、感動するお家です。)

無垢

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純粋な信頼
心と体と記憶がほぐれる
深い気づき
尊い命
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生まれた時、愛の中にいた記憶
思い出すことで変容がはじまる。

素直さは宝。

LOVEエサレン

受容

前からその傾向はあったけど、最近、とみに、エサレンを受けに来て下さる方々が、とても繊細で感受性が強かったり、

また、エサレンの特殊性もあったりで、セラピストさんも多く受けにきてくださいます。

私自身、気付かされることの多いこと、多いこと。

施術中は、とにかくニュートラルでいるように、「今、ここ」に集中して、心の中は透明にするように努めるけれど、
施術のおわりで、「生まれてきてありがとう」 と、どうしようもなく涙が滲みそうになる瞬間があります。
誰も皆、ひとりひとりがこの世界で、それぞれの生を一生懸命生きているんだなあと、愛おしく感動せずにはいられません。

そして、クライアントさんが、自分自身を自分自身の本性に委ねることを許したとき、
何かが大きく変わる気がします。
それは、受容。そして、自分自身への信頼。
ただの”癒し”や凝りほぐしではなく、深いところから何かしらの変容が起こるーそれが私が思うエサレンのいいところ。

私はディープティシュー(とても強い圧で深ーいところにアクセスする手技。これ、単なる強押しとは全く違います)をやりますが、
動くか動かないかくらいのゆっくりとしたストロークで強く深く細胞ひとつひとつに問いかけると、クライアントさん自身の中で「受け入れる?受け入れない?どうする?」みたいなやりとりのあと、大抵、観念して受容のプロセスに入ります。
これ、チネイザンのおへそまわりの手技でもあったりもします。

精神的にまだその準備ができていなかったり、強圧はNGって固定観念を植え付けられたセラピストさんなんかはメンタルブロックが強くでちょっと難しいけど。。
その受容が起こった瞬間、一気に空間が広がり、別次元に放たれたような感覚もあり、
意識が新しい体験に入ってゆきます。
その間、手技は、ひたすら、部分に深く入り全体をつなげることを続け、
さらに内部空間に広がりをつくってゆきます。

「意識が体から切り離されてどこかへ行ってた」
「宇宙旅行してた」
「ずっとシャバアサナをしていた」
という感想もいただきます。

それってどういうことかな?って日頃思っていたら、先日お会いした方が、
深い筋膜リリースなどの肉体的なプロセスは、その人の高いレベルの次元(物質的な3次元の振動数はラフで粗いんだけど、もっともっと精妙な振動数をもったレベル)に響くらしいということをおっしゃっていて、すごく腑に落ちたところ。
意識がとても繊細な振動数のレベルへと広がることで、サットヴァ性(純粋意識)に触れ宇宙的な感覚を覚えるのかもしれません。
そして、そこに響いたことは、日数が経っても何かしらの形で響いてくる気がします。
やっぱり体っておもしろいなあああ。

ヨガでも似たところがあります。
ゆるく、あたりさわりなく、気持ちよさだけを感じる浅いものでは、変容は起こりません。
それぞれのポーズのアラインメントを体が覚え、
内観にも慣れ、
自分の中心の静けさを感じるのに慣れてきた頃、
チャレンジングはシークエンスに入ると、同じ動きでも繰り返すごとに集中力が研ぎすまされ、高い次元へと昇華していきます。
ってことで、昨日の月曜のクラスは昼夜ともに、このさわりを体験していただきました。
途中でやめる人が出るかなあと思ったけど、爽やかな顔で「気持ちよかった!!!」と、キラキラされてた方がたくさん!
アシュタンガやビニヤサの傍目にはキツく見えるものの醍醐味はここにあるんですね。
また、本物の陰ヨガはすごくキツい(特に心に!)けれど、受容の変容は大きいです。

ただ、アライメントや骨や筋肉の位置が整っていない状態で闇雲にやったり、
心が雑念で乱れたままやると怪我につながるので要注意。
感覚として、体の内部空間に広がりが感じられたり、スペースが広がる感覚があれば大丈夫。
でも詰まってくる感じ、ぎくしゃくした感じがあったら何かが間違っているので、
アライメントや力みなどを見直さないといけないです。

さて、こういう体験は日常でもできないのかな?
できるはず。というか、もうみなさんしていらっしゃいますもんね。
自分にも他人にも正直に、誠実に、謙虚に働き、学びを続けること。
悩み、挫折しそうになるプロセスは伴うけれど、そうしたときに、
過去でもなくまだ起こっていない未来でもなく「今ここ」に集中して乗りきってゆく。
そうして、ひとまわり螺旋を昇ったことに気がつくんだと思います。
山に登るとき、上をみたらイヤになるし下を見てもまだこれだけ、、と思うけど、
目の前の足元の一歩一歩に集中すると、気がついたら頂上に近付いてた、みたいな。

今の時代、いろんなセラピーとかセミナーとか、それはもう百花繚乱で、
私はヨガとエサレンを選んだわけだけど、たぶん間違っていなかった。
学べば学ぶほど、体験すればするほど、その奥深さに気付き螺旋を登ってゆける。
そして、それは日々の暮らしがあってこそ。
何をやるにせよ、この日々の暮らしの中での志がとても大事なんじゃないかなと思います。
ヨガの8支則のヤマ・ニヤマは、その志の方向性が間違っていないか、
自分が何を守れているか何が欠けているのか教えてくれています。
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宇宙旅行の現場(笑
この景色ともお別れか〜と思うと感慨深く、、感謝ばかり。

よろこび

ヨガとエサレン。

毎回、いのちと向き合っていのちに触れていのちを感じてじわ〜っとしみじみ感動。
ヨガのクラスとエサレンで共通するのは、最後に胎児みたいに丸くなって休む時間があること。
心が鎮まり透明になって真我にいちばん近いアナンダマーヤ(静かで穏やかな歓喜)にいるのを見て感じる。
自分自身と真摯に向きあっている人って、なんて美しくて愛おしんだろう。
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ときどき、はやくこの肉体から自由になりたいなんて思うこともあるけれど、まだまだ学ぶことばかりだなあ。


酒粕と黒みつの甘酒うま〜(^^)

まさに、

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タイトル通り。
もう10年以上も前に腰痛に悩まされていたときに行った三宅おじさんの首チョップ整体を思い出す。体の歪みをチェックして首に一発チョップをしてもらい、あとは8時間寝ているだけ。その間に脊椎の歪んでいた部分が発熱して中から自発的にぐいぐいと治していく。これを体験したとき、自分の体の治す力にびっくりした。三宅おじさんのそれはもう熟練の域で誰にも真似できないけれど、今年、カイロの人がこんな本を出していたのね。
身体はとても複雑で、感じたり施術を学んだりとにかく地道な訓練が必要できりがない。ヨガもフェルデンクライスなど私が学んだボディーワークでは、とにかく脊椎をいかに自由にするかが大事。学びはエンドレス。。
今日は腰痛がひどい方を施術させていただきました。
いつものことながら、痛みなどがある場合、治すことを目的とせず、クライアントさんの自発的な治癒の力をどれだけ引き出せるか、『何もしないから動きを感じる』ことの体感を日々訓練。
でもやっぱりクライアントさんが楽になってくれると嬉しいな(^^)
あ〜今日は虫たちの鳴き声が心地よくて身体の音楽を聴くのを忘れてた;
次は手と体が感じる内の音楽と外の音楽のハーモニーを感じられますように。

言葉の力

マッサージ中や人の体を触って「凝ってますねえ」「(どこどこが)悪いですねえ」と言うのをたまに耳にします。

でも、特にエサレンの施術では、こういうことは言わないのが鉄則。
なぜなら、そのひと言が、呪文のように心身に響いてしまうから。
心身が無防備なときに言われたらなおさら。
笑い飛ばせる人ならいいけど、そのひと言がさらに症状を固定化させるように効いてしまう人もいる。
施術が終わってクライアントさんが聞きたいというときや病院に行くことをおすすめする時にのみ、必要なことをお伝えします。

そういえば、こちらのブログ楽しみに読ませてもらってます。
ボディーワーク、ヨガや気功をやる人には腑に落ちることが満載だはず〜。
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