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あたりまえの幸福

あたりまえなことがつまらないのは、そこに感謝がないから。

感謝があったら、あたりまえなことこそが幸福だとわかる。
一見、あたりまえにみえることに「おかげさま」が言える人は幸せな人。
(以前、久米島の友人が、あたりまえの逆はおかげさまって言ってた。)


ちなみに、「おかげさま」「ありがとう」は深いところから自然と湧いてくるもの。
ありがとう感謝してますと唱えましょうと言われて唱えるような表層的なものとは違います。


あたりまえを見ずして刺激ばかりを求める。
これは一種の中毒。
その中毒に気がついてない。
最近、”目覚めた” ”解放された” ”人目を気にせず好きなことをやってる” 人たちにありがちな感じがするなあ。
目覚めハイ、覚醒ハイ、みたいな。
ハイになるものは本物ではない。
本物ではないという意味は、
ハイがあればローもあって、のちに、必ず苦が訪れるということ。
これが自然の法則。
引き寄せとか、わかった”つもり”になってると犯しがち。
それに巻き込まれないように注意したほうがいいと思うけど、
まあ、そういう経験をしたい人たちはいっぱいいるから経験したらいいんではないでしょうか。

じゃあなんでこんなことを書くかというと、
たとえ少数でも、気がついて遠回りをする(苦を味わってやっと理解する)人が減ってくれたらなあと思うから。


ヨーガスートラⅡ-3,4,5にそれに関することがはっきりと書かれてます。
苦悩(過去現在未来にかかわらず)の原因は、無知、私という感覚(エゴみたいなもの)、愛着、憎悪、生への執着。
その中でも、『無知』はそれらの土壌となるもの。
無知とは、一時的なものを永遠と、不浄なものを浄と、苦を快と、本当の自分でないものを本当の自分とみなしてしまうこと。
(・・・ってな感じでまだまだ続く)



ではどうしたらその判断ができるか。
そのひとつが、瞑想で、観察する知性(心ではなく、知性)を優位に立たせる練習をすること。



もしくは、、苦を味わってどん底まで行って気づいて這い上がった後に、中庸を目指すか。
しかし、どんだけ苦を味わってもまだまだ気づかずに、
上がった時のハイの快を感じたくて、再び自ら苦を作り出してゆく。
これはかなりな中毒症状。
まあ、またこれも、本人が経験したくてやっていることなんでしょう。

その末に、なんのために生まれてきたのか、
そして、自分の本質に気づくことになるんだと思います。

人それぞれの道。
自分はどの道を行くのか。
どう在りたいのか。


と、ぐるぐると繰り返しになってきたところで、本日はこの辺で。

みなさま、素的な旧正月をお迎えくださいheart01

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コメント

今日のなおみさんの記事、難しいですね!頭ぐるんぐるんしています。

ルルさん、言葉ではとっても説明しづらいことを
わかりやすくなく(苦笑)書いてしまっているのでさらっと流しちゃってください!!!
誰かが言っていることを全部理解しようとしなくていいと思いますよ〜。
私も勝手に好きなこと書いてるだけなので。
いつもありがとうございますheart01

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