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直接的洞察

誰でも、深いところから、心も身体も整える力が湧き上がってきているのに、
自分で自分の邪魔をしてしまっている。
ここでいう”自分”は”本当の自分”ではないんだけどね。
この邪魔を鎮めれば、ストーンとつながるのだわね。
感情や余分な欲や他人の価値観やもう必要のない信念や。
そういうものに捕まってしまわないように。
それができれば、
直接的洞察も増える。
理由のない確信も。

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沖縄本島2018」カテゴリの記事

コメント

自分に自分っているのかな?って
最近思うのですが、
わからなくなって、頭グルグルしています。
頭グルグルしているっていうことは、自分がいるのかな?
頭グルグルしているのは脳みそなのかな?
なおみさんのお話、ゆっくり聞きたいです。

haricotさん、
頭の中でぐるぐるしてる「自分」がいますよね。
そして、「頭ぐるぐるしてる」というのを客観的に認識している「自分」がいますね。
「自分」の中には、いろんな「自分」らしきものがいますね。
思考、
感情、
記憶、
経験
これらは全部、「自分」と思いがちなんだけど、「自分」というフィールドに起こる現象なんです(言葉での説明にが限界があああ〜
自分そのものではないんです。
なぜなら、それは現れては消えるもの。姿を変えるもので実態がない。
でも、それらを客観的に認識している「自分」もいて、それは、ほぼ変わらないまま冷静でいます。
その、客観的に見ているものが知性/理知と言われるものでインド哲学ではブッディーと呼んでます。これも「自分」の一部。
そして、その奥に、それらをすべて見ている(観照している)ものがあって、それが「本当の自分」だといわれています。
ブッディーは、その「本当の自分」にもっとも近いところにいます。

わかったようなわからないような〜?なんですけどね、、、
瞑想の目的は、その「本当の自分」を「自分」の中に見つけることなんですけど、
それは体験するしかないんです〜〜〜


ヨーガや古くからのインド哲学では、この不思議が見事にすっきりと説明されてるんです。
図式にするとわかりやすいんですけど。。
あとは生身の人間から人間への説明ですね〜。。

自分を持たないってなんてらくちんなんでしょう!
ということは、理想の自分も掲げなくていいのですね。
つねに無意識の自分でいる、ということなのかな?
瞑想しているとき、いろいろと考えちゃうのと同じように
無意識の自分でいることもむずかしい。。。
でもいまのこの自分でいい、ということなんですよね?
動物達はどうなのでしょう?

haricotさん、
言葉の表現では限界があるんですが、、
瞑想している時は、理想の自分も持たず、
ただただ無意識という、表層意識の奥にある静けさの中に向かい、そこに在るという感じです。
瞑想は、徹底的に抵抗をなくしていく作業でもあります。
一生懸命になればなるほど難しくなる
眠れない時に眠ろう、眠ろうとすると眠れないけど、ふっと力が抜けた時にストンと眠れる現象にも似てると思います。
でもその抵抗は無駄ではなくて、そこからの学びがあるんですね。
そのあと、瞑想から戻った時に、自分が「どう在りたい」のかがわかってくるようになると思います。
この現実世界の社会にいきている以上、仙人のように暮らしていくのは難しい(それが可能ならそれもまたおもしろそう)ので、
理想や目標は必要になってくると思います。
レストランで、「なんでもいいです」ってオーダーしたらとんでもないものが出されちゃった、とか
タクシーに乗って「どこでもいいから連れてって」と言ったらこれまたとんでもないところに連れて行かれちゃったり、あるいはどこにも行けなくて追い出されちゃうとか。
だから、目標は大事だと思います。
動物はどうなんでしょうね?
人間ほど複雑な心ではなくて、「今」にいることが上手だな〜って思います。

naomiさん

とてもすてきなお話、うれしいです。

昨日の月食&瞑想でなんとなーーーくですが、
これかな?っていうのを感じましたよ^^。

haricotさん、
おお〜いいですね〜happy01shineheart02

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